2002年 東京大学農学部卒
ユーグレナによる食糧問題と環境問題の解決を目指し、2005年株式会社ユーグレナを設立。同年大量培養に世界で初めて成功。
<記事目次>
・ 異常な状態にある地球環境
・ 初海外旅行はバングラデシュ
・ スーパー微生物「ミドリムシ」
・ 出会いと約束
・ 株式会社ユーグレナを設立
・ 一石三鳥計画
・ 環境問題と食糧問題の解決のために
体温より暑い40度を超す場所で暮らす人は、さぞかし大変に違いないでしょう。けれども、暑い日に無理してあくせく働かなければいいんですよね。日陰で風通しのいい服を着て、夜を待てば涼しくて気持ちがいい時間が待っています。体温より暑いというこの場所が砂漠ならば、ですが。
2007年8月は本当に暑い夏だったと記憶しています。日本の埼玉県と岐阜県のある地域では、最高気温40度を超え40.9度を観測しました。砂漠の民とは明らかに違う、ワイシャツにネクタイを締め、スーツまで着用してコンクリートの上を歩くのは明らかに異常と言えるのではないでしょうか。
この砂漠より暑い日本という異常事態の4年前、ヨーロッパでもまったく似たようなことが起きています。ドイツ、フランス、スペイン・・・2003年に西ヨーロッパの大部分を大規模な熱波が襲いパリも40度を超す暑さを記録しました。このときの熱波では1万人以上の死者が出ました。地球温暖化防止をうたった京都議定書締結の6年後のことです。
1997年12月、世界にKYOTO PROTOCOLで知られるいわゆる京都議定書が京都市の京都国際会館で締結されたという話は有名です。ですが、当時はまだ『地球温暖化問題』という言葉自体がそれほど知られていなかったし、新聞にも取り上げられる機会が少なかった。なにより、今では考えにくいことですが温暖化という現象に対して懐疑的な人も多かったのです。曰く、地球は1万年単位で温暖化寒冷化を繰り返すのだから、温暖化を気にする方がおかしい。温暖化すれば地球が暖かくなるのだから、寒い地域での暖房費の節約になる。太陽の黒点が増えると地球は暖かくなるものだ、等々。
京都議定書の締結の10年後の日本で、2007年に気象庁観測史上の最高気温がマークされたというのはどうも偶然ではない気が私はします。実はこの年にはいくつか直観的に温暖化の防止ではなく、温暖化の進行と地球の異常を感じることが多くありました。
たとえば桜。桜といえば入学式の行われる4月第1週の週末に満開になるもので、その直前に雨が降ったら新入生が可哀想だから金曜日は晴れるといいなぁと皆さんも念じたりすることと思います。しかし近年、桜の開花はかなり早くなりました。3月のシーズンにはもう満開で、4月の入学式シーズンには芽吹いていることもあります。実際のデータでも、過去50年間の平均で桜の開花時期というのは近年4日ほど早くなっています。また温暖化の進行が早い大都市圏では約1週間も開花日が早まっているそうです。
もう一つ、以前と比べて花粉症の人が増えていませんでしょうか?花粉症の原因は様々ですから、全部が全部、温暖化と関係しているとは私も考えていませんが、花粉の量とは関わりがあると言えます。大雑把に言ってしまえば、夏がとても暑くて全体として雨が少ないと春のスギやヒノキの花粉の飛散量は平均して多くなります。飛び回る花粉の量が増えるというのは、花粉症の人にとっては嬉しくないニュースだと思いますが、この高温少雨は温暖化に影響されていることだと私は睨んでいます。
地球は今、かなり異常な状態にあります。日本の政治や経済、教育・文化その他様々な分野でたくさんの問題が指摘されていますが私は環境問題、その中でも特に農業と関わる部分に注意を払ってきました。今回この「本物技術」特集にはどうしても伝えたい、温暖化対策と食料・食事の問題を解決するためのスーパー微生物「ユーグレナ」について紹介します。
私は大学に入るまで、一度も海外旅行に行ったことがありませんでした。毎年必ず正月は家族でハワイ、なんていう話を聞くと、正直、今でもすごいなぁと思いますよ。ちょっと悔しいので、生まれて初めての海外は珍しい国に行こうと決めて、18歳の夏休みに行った場所はバングラデシュ。相当珍しいと思いますが、これも運命だったと今では思えます。
このバングラデシュという国、国旗が日本ととても似ています。豊かな大地を表す緑地の中心に真ん丸の赤い太陽が描かれていて、ちょうど日本の国旗の白地の部分が草原の緑になっています。これだけでも何か縁を感じますが、バングラデシュの国旗が制定された日は私の誕生日。そして今の私の会社で初めて採用した外国人社員第1号は、なんとバングラデシュ人で、現在、株式会社ユーグレナ東京大学内本社研究所で働いています。
今から振り返ると不思議な縁ですが、初めての海外旅行のバングラデシュで、自分の将来を決める大事な体験をしました。世界が必要としているのは栄養だ、ということに気づいたのです。当時の私は、ユーグレナというスーパー微生物のことは知る由もなく、答えを持ち合わせてはいませんでしたが、大学1年の夏に、とにかく栄養をたくさん作って多くの人に届けたいと強く思いました。
栄養というとよく誤解されていますが、カロリー不足という言葉があるようにカロリー(熱量)摂取と、ビタミン・ミネラルのような栄養素についての話が、栄養の一語で一緒に片付けられてしまっています。
栄養不足、栄養失調には二つあります。一つはカロリー不足、つまり食事を通じて十分なカロリーがしっかりと取れていない状態。もう一つは微量栄養失調、ビタミンや鉄分などのミネラルが足りていない状態です。このうち、栄養不足というと字面的に前者のイメージを持たれがちなのですが、バングラデシュを含めた後発開発途上国といわれる貧しい国でもイモやマメでカロリー補給は比較的充分にできています。つまりカロリーは紛争状態などの特殊環境でなければ、ある程度は満たされていると考えて差し支えないのです。一方で、ビタミンAや鉄分が足りないためにバングラデシュでは様々な病気が蔓延しています。バングラデシュに限らず、とにかく微量栄養素が不足しているのが食料問題なのです。
日本では6歳までに子供が死んでしまう確立は1000人中4人を切っていて、世界でも公衆衛生レベルの最も高い国の一つです。しかしバングラデシュのような後発開発途上国では1000人中200人が6歳にならずに死んでしまいます。バングラデシュにもコメやその他のカロリー源としての主食は結構あるのですが、ビタミンAに代表されるビタミン・ミネラルが不足しているために5人のうち1人が死んでしまう。ここで解決すべき問題はおわかりの通り極めてシンプルです。ビタミン・ミネラルのような微量栄養素をたくさん作ればいいわけですよね。
日本に戻ってから、しばらく貧しい国を救うための微量栄養素をたくさん作ろうということでいろいろ研究しました。すると驚くべきことが偶然わかりました。栄養失調はバングラデシュだけの問題ではない、日本の問題でもあるということが。
日本では6歳までに子供が死んでしまう確立は1000人中4人以下で世界最高の栄養状況といえます。食べものがなくて飢え死にした人のニュースは、ほとんど見たことがありません。それでは栄養失調ではないのでしょうか?鋭い方はすでにお気づきの通り、日本やアメリカなどの先進国は栄養不足ではなく、一部栄養素の取り過ぎによる栄養バランス失調に国全体が悩まされています。主に油と塩の取り過ぎ、その一方でカルシウムやDHAに代表される不飽和脂肪酸は、摂取量が年々減少傾向にあります。
しかも、日本はアメリカやヨーロッパと違い食料自給律も異常な低水準で、日本の食卓に並ぶ食品の6割は海外から輸入したものです。このような状況に押されて、私の農学部でのテーマは必然的に決まりました。ビタミンやミネラルのような微量栄養素を大量に作ることができれば、バングラデシュも日本も一石二鳥で喜んでくれるに違いない。これが、私がユーグレナに辿り着いた理由です。
もう一つの契機が環境問題です。微量栄養素をたくさん作るためにどうしたらいいのかを考える一方で、農業分野における環境問題も深刻な問題になってきていました。いくら農業技術を研究開発しても、農業そして農家は、常にとても大きいリスクにさらされています。環境・天候リスクです。
たとえば仮に、植物性タンパク、ビタミン、ミネラルぎっしりの栄養満点スーパー米ができたとしましょう。これを日本中の農家が栽培して栄養失調を解決しようとした矢先に、超大型の台風がこのスーパー米をなぎ倒してしまうというリスクが存在しているところが農業の難しいところです。2005年8月にメキシコ湾からニューオリンズに上陸したハリケーン・カトリーナは米国史上最悪の天災の一つで多大な被害をもたらしました。栄養生産としての農業と環境問題は、実は密接に絡まっています。
台風の大型化に限りませんが、温暖化と異常気象が続く限りは、栄養満点のスーパー米の増産ができないでしょう。ところが、もしこのスーパー米が二酸化炭素を大量に吸収する植物であれば一石三鳥ですね。スーパー米が光合成で二酸化炭素を固定化し環境問題を解決、育ったスーパー米を日本で食べて栄養失調を解決、バングラデシュでも販売して栄養不足を解決。
さすがにこれほど都合のいい植物があると言っても、なかなか信じられないでしょう。これだけうまい話が続くと胡散臭いし、危険な香りもします。実際問題、一石三鳥という都合のいいスーパー米はまだ見つかっていません。しかし光合成で大量の二酸化炭素を固定化し、しかも微量栄養素をたくさん含んだスーパー微生物が一種類だけ存在しました。それがユーグレナです。
ミドリムシは、昔から知られています。大きさは100ミクロンなので肉眼では、ぎりぎり見えません。世界で初めて17世紀に顕微鏡を発明したオランダのレーウェンフークはある微生物を発見し、人間の目のような綺麗な形をしていたこの微生物をユーグレナ(美しい眼)と名付けました。その後、世界中の大学で研究され三つの性格があることがわかりました。
・大量の二酸化炭素を固定化
・微量栄養素がたっぷり
・培養が難しい
たとえば1950年代に「カルビン・ベンソン回路」の発見で、ノーベル化学賞を受賞したアメリカの科学者メルヴィン・カルビンは、二酸化炭素を固定化する植物の光合成の研究にユーグレナから単離した葉緑体を用いていました。ユーグレナは同じ面積当りの光合成能力が熱帯雨林の10倍以上と高く、そして空気中のなんと1000倍という高濃度二酸化炭素環境中でも、光合成でせっせと酸素を作る能力を持っています。
また栄養学的価値は大変高く、ビタミンE、βカロテンほか、ビタミンC、B2、B6、葉酸、ビオチンなどの水溶性ビタミンのほとんどが作られます。通常の植物よりビタミンが多いだけではなく、ユーグレナの作るビタミンEの95%は、活性の高い天然αトコフェロールであり最高の抗酸化食品といえます。同時に人間が合成できない必須アミノ酸8種類を含む20種類のアミノ酸全てをバランスよく持っています。
ユーグレナは植物と動物の中間的生物ともいわれ、両方の成分をバランスよく含み、ビタミン・アミノ酸だけでなくDHA・EPAなどの不飽和脂肪酸も含んでいるユニークな生物です。
しかし世の中、うまい話はそうそうなく、ビタミン、ミネラル、タンパク質、不飽和脂肪酸等、栄養がたっぷりということで、人間に限らず生物界全般で人気があります。ユーグレナを培養して、ユーグレナで栄養を取ればいいじゃないか、というアイデアまでは誰もが辿り着くのですが、そうは問屋が何とやらで、ユーグレナを培養しているときに他の雑菌やバイ菌が繁殖して、コンタミネーションがおきます。コンタミネーションとは汚染のことですが、要は栄養たっぷりのユーグレナを他の微生物が食べに来るので、すぐに他の雑菌・バイ菌に捕食されてしまい、なかなか増やすのには骨が折れるのです。
私は環境問題と栄養問題を解決できるような一石二鳥も三鳥も役に立つモノを探し求め、東京大学農学部農業構造経営学専修過程でユーグレナと出会いました。出会いはしましたが、まだ誰も培養したことがないという、大学の技術にありがちな基礎研究段階のものでした。しかし、これを大学の基礎研究でちょっと論文を書いて卒業して終わり、ではあまりに勿体ないということで同じ東京大学農学部生物システム工学専修課程で、培養の研究をしていた鈴木と約束をしました。
いつかミドリムシを山ほど培養してバングラデシュに持って行こう、日本でも販売しよう、そのうえ温暖化対策にも使って社会にこのスーパー微生物ユーグレナをデビューさせよう、と。
この約束は2000年、私も鈴木も20歳の時のことです。当時はインターネット系ベンチャー企業がもてはやされており、また高度な金融技術で1億円が10億円に、100億円になるんだ、金融工学の時代の幕開けだと情報革命・金融革命勃興の真っ只中。農業や環境については大して注目も集まっていません。しかも残念なことに、ユーグレナはまだ大量に培養することに成功していないほとんど未知の微生物。日本でも私と鈴木以外にユーグレナで一石三鳥だなどと都合のいいことを考えていた人はおそらく100人くらいしかいなかった頃です。
その後、スーパー微生物ユーグレナも肝心の培養ができなければ仕方がないということで私は卒業後就職し、鈴木は大学に残っていつ成功するかはわからないが培養研究を続けることに。日本をはじめ世の中が食料不足と環境問題で、このユーグレナを必要とする時が来るまで(2010年頃か?)に準備をしようと思っていました。
ところが2005年になると急に潮目が変わりました。ITバブルがはじけ、電気でパソコンは動いても人のお腹が膨らまないという当たり前のことに多くの人が気づき始め、異常気象や地球温暖化に対して警鐘を鳴らす人が徐々に増え、子供たちや次の世代に地球をバトンタッチするために非持続的なエネルギー浪費社会への反省や持続的精神的なスピリチュアル社会構築への意欲の高まりなどを受け、ユーグレナ的なもの、つまり環境問題と食料栄養問題解決のためのソリューションがこのころから本格的に模索されるようになったのです。
このような社会情勢の変化を受けて、想像よりはるかに早いタイミングでユーグレナ的なものへのニーズが高まってきました。そのため2005年8月にスーパー微生物ミドリムシの大量培養により環境問題と食料栄養問題の解決を目指す株式会社ユーグレナを私と鈴木で設立しました。
株式会社を設立するのは誰にでもできます。誰にでもできるというのは比喩ではなくて、本当に誰にでもできます。新会社法(※1)の施工により1円からでも、会社を作れるようになり、とにかく株式会社ユーグレナはできました。しかし会社はあってもスーパー微生物ミドリムシの培養はまだできていません。
ユーグレナは100ミクロンの緑色の、植物と動物の中間微細藻類で太陽の光と二酸化炭素と水で育ちます。このような植物はできるだけ赤道に近いエリアで育てる方が有利です。日光が成長の源ですから当然です。そこで大量に培養するならできるだけ南でやろうということになり、沖縄県の石垣島を選びました。
この石垣島というのも不思議な場所です。場の持つ力とでも言えばいいのでしょうか。会社を設立して最初の仕事は、日本の大学のユーグレナ培養技術をこの石垣の地に結集させ、石垣で社名と同じユーグレナの培養を成功させることでした。順序が逆に聞こえるかも知れませんが、培養できないのに株式会社ユーグレナ。このままではいけないと、鈴木や若手研究者は、それはもう全員一丸となって必至で試行錯誤しました。石垣島にそういう気持ちと気合が伝わったのでしょう、場所や培養施設・環境にも恵まれ2005年12月に、世界で初めて安全な大量培養にようやく成功したのです。
さてここまで書いて白状しますが、スーパー微生物ユーグレナを利用した一石三鳥計画は、私と鈴木のオリジナル・アイデアではありません。では、なぜ我々が世界で初めてユーグレナの大量培養に成功したのでしょうか。
実は近藤次郎東京大学名誉教授と中野長久大阪府立大学名誉教授らの「地球環境を閉鎖・循環型生態系として配慮した食糧生産システム
ユーグレナの食糧資源化に関する研究」という生態工学会で1998年に発表された論文が大量培養成功の基礎になっています。この論文を書かれた近藤先生と中野先生の考えにインスパイアされ、スーパー微生物ユーグレナの目指せ一石三鳥計画と、それを実行するための株式会社ユーグレナをスタートさせたわけです。
中野先生はじめ多くの先生方に石垣島培養工場までお越しいただき、培養・生産をご指導いただきました。日本中のユーグレナ研究者の先人の方々の膨大なデータがすでにあった、だから世界で初めて石垣島という地でユーグレナの大量培養にこぎつけることができたのです。
※新会社法:
会社について規定する日本の法律のことであり、商事法の一つ。2005年6月の法改正によって、会社に関係する法律を総称する。
さてこのユーグレナ、現在は日本の栄養失調、栄養のゆがみを正すために機能性食品原料として使われています。もともと一石三鳥計画なわけですから、次は貧しい国の栄養事情を改善するために大量培養技術を途上国へ移転できるレベルにまで高める必要があります。現在はこの大量培養技術を高めるための研究をしています。
日本の食卓に並ぶ食品の6割は輸入ものです。この食糧自給率の下落は歯止めがかからず、おそらく今は自給率40%を下回っているはずです。これからはますます輸入に頼らざるを得ない、にもかかわらず輸入食品に関しては安全性が担保されていない、という食の安全が取り沙汰されています。食の安全だけではなく食糧価格の高騰も凄まじく、中国やインドなどの新興国の経済発展と共に、あと数年で日本はお金を出しても食糧が手に入らない、輸入できない時代に直面することになるかもしれないのです。お金さえ払えばいくらでも手に入る次代はとっくに過ぎ去り、国内需要が旺盛な新興国が自国民を養うために食糧を輸出しなくなると予測されるのです。
そうなる前にすべきことは一つ。ユーグレナのような栄養失調を改善するスーパー微生物の培養技術をすぐに輸出して、貧しい国の役に立つことです。
私の考える将来の輸出入・食糧取引は以下です。バングラデシュで大量のコメ、イモやサトウキビが作られ、日本より豊かになった中国やインドがそれらを買い上げていきます。そのため日本は食糧を何も売ってもらえません。しかし今、ユーグレナ培養技術をバングラデシュに移転・導入しておけば結果は違ってくるでしょう。日本の技術で培養できるようになったことをバングラデシュのコメ農家もイモ農家もサトウキビ農家も否応なく知ります。1000人中200人、つまり5人に1人は死んでいた子供はユーグレナを飲むことによって栄養失調から脱出し元気に大人になって、そしてコメ農家やイモ農家になっていくのですから。
日本は世界最高峰の農業技術・培養技術を今こそ惜しげもなく途上国に輸出・移転すべきです。それではじめて、中国やインドよりも安く安全な食糧を入手できるようになるでしょう。将来の食糧安全保障は、途上国とどういう関係をいま作っていくのかにかかっています。
日本は国土が大変狭いため、国内で食糧生産を行うことは事実上不可能です。山手線の内側の平地部をまるまるハイテク植物工場にできればいいのですが、そういうわけにはいきません。そのうえ、将来にわたってお金を出せば何でも手に入る時代が続く保証はどこにもありません。そもそも、そのお金も中国・インドに追い抜かれ、金銭面・経済面でも競り負けるようになるかもしれません。もう数年でそうなることが予想されるわけですから、将来を考えて今ユーグレナ培養技術で途上国の役に立つことが実利上有効で、そのうえ貧しい国の栄養状況を日本のユーグレナ培養技術で改善するというのはとても気持ちの清々しいことでもあります。今、輸出すべきものは技術であり、日本人が持つべきものは技術を惜しげもなく出す心意気でしょう。
一石のうちの三鳥目は、ユーグレナは大量の二酸化炭素を光合成によって固定化することです。地球温暖化の原因の一つは、一般的に二酸化炭素の濃度上昇による温室効果、つまり地球全体がビニールハウスのように温まってしまうためと言われています。二酸化炭素の削減固定化は地球温暖化防止の喫緊の課題です。
温暖化対策には大きく二つのアプローチがあります。そもそも二酸化炭素があまり出ない社会にする低炭素社会化、そしてもう一つが大気中の二酸化炭素を何らかの方法で削減固定化することです。前者の低炭素社会構築とは、要は省エネです。自動車から電車、白熱球から蛍光灯への移行など様々な方法があります。
ユーグレナを温暖化対策に使うというアイデアは後者に当たりますが、大気中に放出された二酸化炭素の削減の方法も大別して二つあります。大気中の二酸化炭素を固めて地中に入れて蓋をするか、植物の光合成の力で酸化した二酸化炭素を還元するかの二種類の方法です。大気中の二酸化炭素を地中や海中に入れて封じこめることをCCS(C02 Capture and Storage)といいます。CCSというと格好はいいのですが、要は二酸化炭素を固めて地中や海中に埋めるという技術で、地中や海中から地震や地殻変動、海中温度上昇で大気中に再放出される可能性が残ります。
私は環境問題と食糧問題というこの二つの解決に資することを生涯のテーマとしており、常にある判断技術と照らして考えることにしています。福岡伸一青山大学院大学教授らに教えられたのですが、環境と食糧を考えるとき、それは直線なのか、円環なのか、選ぶなら円環の道という物差しです。
元来の、そして今も主流を占めている線形の科学発展史観では、経済も生活も左下から右上に成長することになっています。自動車の生産量も、液晶テレビも携帯電話も、左下から右上に線が描けるのですが、この考え方の最大の欠陥は、ゴミの量も二酸化炭素の排出量もエネルギーの消費量も比例して左下から右上にグラフが伸びていくことです。
一方の円環は文字通り、グルグル循環するイメージです。炭素も循環します。植物が二酸化炭素から光合成で酸素を作り、動物は酸素で呼吸するときにエネルギーを生産し、発生した二酸化炭素をまた植物が利用する。いわゆる循環型社会は、まさに円環といえます。
直線と円環とでは、どちらが良くて悪者だと決めつけるものではありません。しかし、こと広義の環境・食糧問題においては、線形から円環への考え方レベルのシフトが必要になってきます。ゴミの埋め立て地に限界があるように、二酸化炭素を海中や地中に埋めるのではなく、光合成で還元・固定化しようというのが私の基本的なアイデアです。よって光合成能力の高いユーグレナは、円環のイメージにピッタリあいます。
ユーグレナは二酸化炭素の濃度が通常の1000倍という非常に濃い極限環境の中で光合成を続けることができる非常に珍しい微生物です。この特徴を生かし、三匹目の鳥も一個の石で狙う研究も進めています。
ゴールは明確です。一石三鳥計画では、火力発電所などから大量に出てくる二酸化炭素を光合成で固定化し、安全に食糧を生産し、日本の栄養過多とバングラデシュの栄養失調を正すことを目指しています。平均的な火力発電所では毎日4300tの二酸化炭素を放出して50万kW発電します。この4300tの二酸化炭素を光合成で固定化するためには25mプールで7000個分のユーグレナ培養施設が必要になりますが、ここで3000tのユーグレナを生産しながら二酸化炭素を固定化できます。3000tのユーグレナを毎日生産できれば、約10万人の人々の栄養素として使うことができます。
この二酸化炭素4300tの固定化、3000tユーグレナの生産、10万人分の栄養素がスーパー微生物ユーグレナの一石三鳥計画の全容です。
そして一石三鳥計画を達成するために、絶対に三つの連携が必要なことも分かっています。「産学連携」「老若連携」「農工連携」です。
まず一つ目の産学連携は、大学のラボの中でユーグレナを培養して研究することは実は難しくなく、1950年からノーベル賞クラスの研究に繋がるくらいですから、どの大学でもユーグレナの培養はできます。しかし産業で使うためには、大量に培養する必要があり、大学にはそれほど大きな規模で微生物を培養する施設も技術もありません。そのため株式会社ユーグレナでは、石垣島の産業規模の施設でユーグレナを大量培養しているわけです。なかなか失敗も多く、今まで以上に大学での研究データと会社の産業での経験の両者がうまくコラボレーションすることが肝要だと痛感しています。
次に老若連携は、これは私の造語ですが意味するところは文字どおり。ユーグレナの培養データに限った話ではありませんが、先人たちの知恵には学ぶべきところが多いものの行動力では我々若手のほうが上です。産学連携は、老若連携あってのものだと私は考えています。決して大学が老いていて産業が若いという意味ではありませんよ。しかし、環境問題のように二世代以上にわたる長期的な課題に対しては、老若世代間の連携プレーが必須になります。
最後に三つ目の農工連携。これも文字どおりですが、昨今の農業と工業はあまりに隔絶しています。農産物は毎回微妙に違うものができます。天気、温度、雨量その他に影響され収穫量も栄養成分も毎回異なります。一方、工業製品は晴れだろうと雨だろうと同じ性能の自動車、同じ品質の形態電話が生産されます。農業と工業では途中の生産プロセルも違い、アウトプットの考え方にも差があります。ですが、これからの次世代ハイテク農業は工業に学ぶべきことが非常に多いと感じています。二酸化炭素は工業排出物であり、農業では原料にあたります。ユーグレナの今後の研究も農業の知恵だけでは限界がくるでしょう。一方、農業は円環のイメージと、工業は線形のイメージと親和性があります。線形の消費社会から円環の持続社会構築のためには、工業もまた農業の考え方に学ぶ必要があると思います。この両者の連携もまた必要不可欠となるでしょう。
この三つの連携は難しく、何より種類の異なるものの間でコラボレーションしようというのだから、謙虚にならなければなりません。ベーシックな考え方、魂のレベルも高いところで維持されないと連携はすぐに壊れてしまいます。
私はひたすら謙虚になることで、三つの連携を行い一石三鳥の成果を得ようと思っています。ただ、ふと気づいたのですが、ユーグレナこそまさに理想の生き方ですね。生態はまだまだよくわからないことが多いのですが、二酸化炭素の削減や栄養の生産を誇ることは事実でありながら、それをユーグレナが自慢することはありません。謙虚なユーグレナを少しでも真似て、社会の役に立つために毎日勉強することばかりです。勉強しながら、研究する、ユーグレナと私の関係も円環です。
ユーグレナの一石三鳥計画にどうぞご期待ください。そして皆様、三つの連携を何とぞよろしくお願いします。
※参考文献
中野長久ら:CELSS学会誌10(2)13~23,1998.
鈴木健吾、尾形直久:Biophilia3(2)56~58、2007.
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